4.1. コアの定義:メカニクス、ループ、そしてプレイヤー体験
まず、ゲームデザインにおける基本的な用語を明確に定義する必要があります。
🎮 コアメカニクス(Core Mechanic)
プレイヤーがゲームの目標を達成するために、最も頻繁に繰り返し行う基本的なアクション。
例:
『スーパーマリオブラザーズ』における「ジャンプ」、『テトリス』における「ブロックを置く」行為
コアメカニクスは、ゲームの「動詞」です。
🔄 コアループ(Core Loop)
コアメカニクスを組み合わせて形成される、ゲームプレイの基本的なサイクル。
例:
多くのRPGでは、「敵と戦う → 報酬(経験値やアイテム)を得る → キャラクターを成長させる → より強い敵と戦う」というサイクル
このループが魅力的でなければ、プレイヤーはゲームを続ける動機を失います。
💫 コア体験(Core Experience)
ゲームをプレイしている間に、プレイヤーに感じてほしいと設計者が意図した感情的・心理的な体験。
例:
「スリル」「達成感」「恐怖」「癒し」など、様々
ゲームデザインのすべての要素は、このコア体験を最大化するために奉仕すべきです。
4.2. ルドナラティブ・ハーモニー:ゲームプレイが物語を語るとき
🎵 ルドナラティブ・ハーモニー
ゲームのメカニクス(Ludo-)と物語(-Narrative)が互いを補強し合い、一貫したテーマと体験を生み出している状態を指します。 この状態では、プレイヤーが行うアクションそのものが、物語のテーマやキャラクターの感情を表現する手段となります。
❌ ルドナラティブ・ディソナンス
ゲームプレイと物語が矛盾している状態です。例えば、カットシーンでは「私は平和を愛し、殺生は好まない」と語る主人公が、 ゲームプレイでは何百人もの敵を躊躇なく倒していく、といった状況がこれにあたります。
🎯 至上命題
したがって、ナラティブ主導のゲームデザインにおける至上命題は、このルドナラティブ・ハーモニーを達成することにあります。
それは、物語とゲームプレイを別々に設計するのではなく、物語のDNAからゲームプレイを派生させることによってのみ可能となります。
4.3. 派生プロセス:キャラクターアークからコアループへ
スノーフレーク法によって詳細に定義された物語の要素は、ゲームメカニクスを設計するための直接的なインプットとなります。 この翻訳プロセスは、以下の対応関係に基づいて行われます。
🎯 主人公の目標 → ゲームの目的
スノーフレーク法のステップ3で定義されたキャラクターの具体的な「目標」は、プレイヤーがゲーム内で達成すべき主要な目的(メインクエスト)となります。
⚔️ 主人公の葛藤 → コアメカニクス
キャラクターが直面する中心的な「葛藤」は、コアメカニクス、すなわちプレイヤーが乗り越えるべき中心的な挑戦を定義します。 キャラクターが物理的な力で障害を乗り越える物語であれば、戦闘メカニクスが中心となります。 知恵や交渉で乗り越える物語であれば、パズルや対話システムが中心となります。
📈 主人公の悟り/成長 → 進行システム
キャラクターが物語を通して経験する「悟り」や変化の軌跡は、ゲームの進行システム(プログレッションシステム)の設計基盤となります。 新たなスキルを習得する、ステータスが向上する、新しいアビリティがアンロックされるといった形で、 キャラクターの内的成長がプレイヤーの能力向上として具体化されます。
💡 メカニクスはキャラクターの動詞である
このプロセスを実践する上で、「メカニクスはキャラクターの動詞である」という考え方は、強力なヒューリスティックとなります。
物語の中で主人公が問題を解決するために行う「行動(動詞)」をリストアップし、それをそのままゲームメカニクスに変換するのです。
例:「平和主義者の僧侶」というキャラクター
彼の動詞は「殴る」「殺す」ではありません。彼の動詞は「避ける」「受け流す」「瞑想する」「説得する」といったものになります。
「避ける」 → 回避アクション
「受け流す」 → カウンターシステム
「瞑想する」 → 体力回復・特殊能力チャージ
「説得する」 → 対話ベースのクエスト解決
🎯 結果
このように、キャラクターの行動原理からメカニクスを設計することで、キャラクターとゲームプレイの間に強固な結びつきが生まれ、 ルドナラティブ・ハーモニーが必然的に達成されます。
表2:ログラインからメカニクスへの発想マトリクス
ログラインの構成要素 | 物語上の意味合い | 潜在的なコアメカニクス | 潜在的なセカンダリメカニクス/システム |
---|---|---|---|
主人公の決定的特徴 | 例:「主人公は臆病者だが、勇敢に行動しなければならない。」 | 「恐怖」ゲージの管理システム。恐怖が高まると操作が不安定になるが、克服すると特殊能力が使える。 | ステルス/隠密行動。敵との直接対決を避けることが推奨される。 |
主要な障害 | 例:「障害は巨大な怪物ではなく、非効率な官僚制度である。」 | 「書類作成」パズルシステム。正しい書類を正しい順番で提出してクエストを進行させる。 | NPCとの「交渉」や「コネクション構築」を行うソーシャルシステム。 |
中心的な皮肉 | 例:「時間を操る能力を持つ主人公が、愛する人の死という変えられない過去に直面する。」 | 「時間巻き戻し」メカニクス。パズルや戦闘で失敗をやり直せるが、物語の重要な出来事には使用不可。 | 環境に残された過去の出来事を「再生」して情報を得る調査システム。 |
目標 | 例:「失われた古代文明の知識を再発見し、世界を救う。」 | 「文献解読」ミニゲーム。フィールドで集めた石板の断片を組み合わせて、新たな技術や場所をアンロックする。 | 「探検」と「発掘」。隠された遺跡を発見し、アーティファクトを収集する。 |
4.4. ハーモニーの実践例:『Celeste』
ルドナラティブ・ハーモニーの傑出した実践例として、プラットフォーマーゲーム『Celeste』が挙げられます。 このゲームでは、主人公マデリンがセレスティン山を登るというシンプルな物語が、彼女の内面的な葛藤、 すなわち不安障害や自己不信との戦いのメタファーとして描かれています。
🎮 コアメカニクスと物語の融合
ゲームのコアメカニクスである「ジャンプ」「ダッシュ」「壁登り」は、単なる移動手段ではありません。 高難易度のステージを何度も失敗しながら乗り越えていく行為そのものが、マデリンが自身の不安と向き合い、 一歩ずつ克服していくプロセスをプレイヤーに追体験させます。
👥 もう一人の自分
物語の中盤で登場する「もう一人の自分(バッドリン)」から逃げるチェイスシーンや、 彼女と協力して障害を乗り越えるシーンは、ゲームプレイと物語のテーマが見事に融合した瞬間です。
🎛️ アシストモードの画期的な選択
『Celeste』の「アシストモード」は、ルドナラティブ・デザインの観点から画期的な選択と言えます。 このモードでは、プレイヤーがゲームの速度を遅くしたり、ダッシュ回数を無限にしたりと、難易度を自由に調整できます。
これは、ゲームの挑戦(=不安)のレベルは人それぞれであり、自分に合ったペースで向き合うことこそが重要であるという、 ゲーム全体のテーマ「自己受容」をシステムレベルで体現しています。
プレイヤーに罰を与えることなく、達成を支援するこの姿勢は、『Celeste』が単なる高難易度ゲームではなく、 深い共感を呼ぶ物語体験であることの証左です。
📚 第4章のまとめ
- • コアメカニクス、コアループ、コア体験の明確な定義と相互関係
- • ルドナラティブ・ハーモニーの重要性とディソナンスの回避
- • キャラクターの動詞からメカニクスを派生させる具体的な手法
- • スノーフレーク法の成果物をゲームメカニクスに翻訳する体系的なプロセス
- • 『Celeste』におけるルドナラティブ・ハーモニーの完璧な実践例
- • 物語のDNAからゲームプレイを設計することで、必然的に調和した体験を創出