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スノーフレーク・アーキテクト

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第3章:プレイヤーエージェンシーの設計
リニアなプロットからインタラクティブな体験へ

スノーフレーク法によって構築された強固なプロットを、プレイヤーが主体的に関与できる 「インタラクティブな体験」へと昇華させる具体的な手法を学びます。

🎯 プレイヤーエージェンシーとは

プレイヤーエージェンシーとは、プレイヤーが「自分の選択や行動がゲーム世界に意味のある影響を与えている」と感じる感覚のことです。 これは単に多くの選択肢を提供することではなく、プレイヤーの決定が物語や世界に持続的な変化をもたらすことで生まれます。

✅ 良いエージェンシーの例

  • • 選択した行動が後続の会話に影響する
  • • 探索で発見した情報が新しい選択肢をアンロックする
  • • キャラクターとの関係性が物語の展開を変える

❌ 悪いエージェンシーの例

  • • 選択肢が結果に影響しない
  • • プレイヤーの行動が世界に記録されない
  • • 物語が選択に関係なく同じ方向に進む

3.1. 選択の幻想:インタラクティブ・ストーリーテリングにおけるエージェンシー

プレイヤーエージェンシーは、一つの決まった形を持つわけではありません。そのスペクトラムは、極めてリニアな構造の中で没入感を生み出すものから、 複雑に分岐する物語構造を持つものまで多岐にわたります。

🎯 リニアな物語におけるエージェンシー

『The Last of Us』のような作品は、物語の結末が一つに定まっているにもかかわらず、高いエージェンシーをプレイヤーに感じさせます。

ここでのエージェンシーは、「何を」選択するかではなく、「どのように」障害を乗り越えるかというゲームプレイの瞬間に宿ります。 ステルスで進むか、正面から戦うか、どの武器を使い、どの資源を優先するか。これらのミクロな選択の積み重ねが、プレイヤーを物語の主体として確立させます。

🔄 分岐する物語におけるエージェンシー

『Detroit: Become Human』のような作品は、プレイヤーの明確な選択によって物語が大きく分岐し、複数の結末へと至ります。

このアプローチは、プレイヤーの選択がマクロな物語に直接的な影響を与えるという、より強いエージェンシーを提供します。

⚖️ 分岐設計のバランス

重要なのは、分岐の多さが必ずしも優れた体験に繋がるわけではないという点です。分岐構造の設計は、開発リソースを大量に消費します。

すべての選択肢が等しく重要である必要はなく、むしろ物語のテーマやキャラクターの核心的な葛藤に直結する、少数の「重要な選択」にリソースを集中させることが、 より効果的で経済的な設計と言えます。

例:

『Detroit: Become Human』において、マーカスが平和的な革命を率いるか、暴力的な革命を率いるかという選択は、 ゲームの中心的テーマに深く関わるため、大きな分岐点として設計されています。朝食に何を選ぶか、といった選択は、 物語の核心とは無関係なため、大きな分岐を生む必要はありません。

🎯 スノーフレーク法との連携

スノーフレーク法で定義された物語のテーマとキャラクターの葛藤は、どの選択を重要視すべきかを判断するための、極めて有効な指針となります。

3.2. 分岐の設計図:フローチャート

物語の分岐構造が複雑化するにつれて、その全体像を把握し、論理的な矛盾なく管理することは困難になります。 ここで不可欠となるのがフローチャートです。

👁️ 複雑性の可視化

選択肢、その結果、そして物語の合流点を図として示すことで、複雑な因果関係を一目で把握できます。

🤝 チーム内のコミュニケーション

ナラティブデザイナー、プログラマー、QAテスターなど、チームメンバー全員が物語の構造について共通の理解を持つための、 極めて効果的なツールとなります。

🔍 矛盾の検出

ある分岐ルートで死亡したキャラクターが、別のルートで何事もなかったかのように登場するといった、 論理的な矛盾を早期に発見しやすくなります。

🎮 プレイヤーへの可視化

『Detroit: Become Human』では、各チャプターの終了時にプレイヤーが辿ったルートがフローチャートで表示されます。

これは、プレイヤーに自身の選択の重みを実感させると同時に、他の可能性を探求するリプレイへの動機付けとなる、 優れた設計例です。

3.3. 状態管理:ナラティブの記憶

インタラクティブな物語がプレイヤーの選択を「記憶」し、それに応じて後の展開を変化させるための技術的な基盤が「状態管理」であり、 一般的には「フラグ」や「変数」を用いて実装されます。

🏷️ フラグとは

フラグとは、特定の条件が満たされたかどうかを記録する、単純なオン/オフのスイッチのようなものです。

💬 会話フラグの例

あるキャラクターとの会話で正直に答えた場合、PlayerIsHonest = true というフラグが立てられます。

後のシーンで、別のキャラクターがこのフラグをチェックし、true であれば「君は正直者だと聞いている」というセリフを言い、 false であれば別のセリフを言う、といった具合です。

🔍 探索フラグの例

「殺人事件の凶器を発見した」という行動は FoundMurderWeapon = true というフラグを立て、 これが後の尋問シーンで新たな尋問の選択肢をアンロックする、といった応用も可能です。

🎯 エージェンシーの根幹

このフラグ管理こそが、プレイヤーの選択に持続的な意味を与え、「自分の行動が世界に影響を与えている」という感覚、 すなわちエージェンシーの根幹を支えるメカニズムです。

図1:分岐会話フローチャートのサンプル

以下は、フローチャートの構造をテキストで表現したサンプルです。これは、プレイヤーが門番と会話し、中に入るための交渉を行うシンプルなシーンを示しています。

[シーン開始]

門番のセリフ:「何者だ? ここから先は関係者以外立ち入り禁止だ。」

プレイヤーの選択肢:

  • • 「[説得] 私は市長からの使いです。」
  • • 「[威圧] 道を開けろ。さもないと痛い目にあうぞ。」
  • • 「[賄賂] これで何とかならないか? (100ゴールドを渡す)」
  • • (※フラグ HasOfficialPass == true の場合のみ表示)「[通行証を見せる] これが目に入らぬか。」
[選択肢1:説得ルート]

門番:「ほう、市長から? ならば、合言葉を言ってみろ。」

A. 「山は燃えている。」 → [成功ルートへ]

B. 「川は流れている。」 → [失敗ルートへ]

[選択肢2:威圧ルート]

スキルチェック:プレイヤーの「威圧」スキル vs 門番の「意志力」

成功:門番は怯え、道を開ける。 → [成功ルートへ]

失敗:門番は怒り、警報を鳴らす。 → [戦闘開始]

3.4. プロフェッショナルの道具箱:TwineとArticy:draft

インタラクティブなナラティブを効率的に設計、執筆、管理するためには、専門的なツールが不可欠です。 中でも、TwineとArticy:draftは、それぞれ異なる目的と規模のプロジェクトで広く利用されています。

🔗 Twine

Twineは、インタラクティブな非線形ストーリーを作成するための、無料のオープンソースツールです。 プログラミングの知識を必要とせず、テキストとリンクをベースにした「パッセージ」と呼ばれるカードを繋ぎ合わせることで、 直感的に分岐する物語を構築できます。

🎯 最適な用途

  • • ナラティブデザイナーやライターが、プログラマーの助けを借りずに会話の流れや物語の分岐構造を迅速にプロトタイピング
  • • 完成したTwineのストーリーは、それ自体がシンプルなテキストアドベンチャーゲームとしてプレイ可能
  • • ポートフォリオ作品としても活用可能
🌐 Twine公式サイト

🎮 Articy:draft

Articy:draftは、より大規模で複雑なゲームナラティブを管理するために設計された、商用のプロフェッショナルツールです。 『Disco Elysium』のような、膨大なテキストと複雑な分岐を持つゲームの開発でも使用されています。

🎯 高度な機能

  • • キャラクター、場所、アイテム、クエストといったゲーム内のあらゆる要素をデータベースとして一元管理
  • • それらの関係性を視覚的なフローチャートやマップで表現
  • • 変数や条件分岐といったスクリプト機能も備えており、UnityやUnreal Engineとの連携も可能
🌐 Articy:draft公式サイト

⚡ 効率的な開発の鍵

これらのツールは、ナラティブデザイナーがアイデアを形にし、その複雑さを管理し、チーム全体と共有するための強力な武器となります。

シンプルなアイデアの検証にはTwine、大規模プロジェクトの包括的な設計にはArticy:draftと、 プロジェクトの規模やフェーズに応じて使い分けることが、効率的な開発の鍵となります。

📚 第3章のまとめ