2.1. スノーフレーク法の紹介:内側から外側へと設計する
スノーフレーク法は、ソフトウェアエンジニアでもある作家ランディ・インガーマンソンによって考案された、小説執筆のための構造的なアプローチです。 その名は、一つの中心から始まり、徐々に複雑で詳細なパターンを形成していく雪の結晶(スノーフレーク)のアナロジーに由来します。
🎯 理想的な中間地点
厳格すぎるアウトライン作成と、混沌としがちな「発見的執筆(オーガニックライティング)」の両極端を嫌う書き手にとって、理想的な中間地点を提供します。
🔄 反復的な拡張
まず物語の核となる一文を作り、それを段落へ、さらに数ページのあらすじへ、そして最終的にはシーンリストと完全な草稿へと、段階的に詳細化していきます。
⚡ アジャイル開発との類似性
この反復的かつ拡張的な性質は、現代のソフトウェア開発、特にアジャイル開発の手法と驚くほど類似しています。
従来のウォーターフォール型開発
最初に巨大で固定的な設計書を作成する
アジャイル開発
小さな機能単位(スプリント)で開発とテストを繰り返す
🎮 ナラティブデザイナーの役割
このため、スノーフレーク法を導入するナラティブデザイナーは、孤立した作家としてではなく、アジャイルな開発パイプラインにシームレスに組み込まれる設計者として機能することができます。 各ステップで生成される成果物(あらすじ、キャラクターシート、シーンリストなど)は、開発チームの他のメンバー(プログラマー、アーティスト、レベルデザイナー)が必要とする情報を、 適切なタイミングと粒度で提供するための、極めて効果的なコミュニケーションツールとなります。
2.2. 10のステップ:ゲームシナリオ作成のためのガイド付きウォークスルー
以下に、スノーフレーク法の10のステップを、ゲームシナリオ開発の文脈に合わせて具体的に解説します。 各ステップは、単なる小説執筆の技術を応用するだけでなく、ゲームデザイン特有の要件を満たすための新たな目的と成果物を生み出します。
ステップ1:一文の要約(所要時間:1時間)
これは第1章で作成した「ログライン」そのものです。この一文はプロジェクトの不変の核であり、常に立ち返るべき北極星となります。
重要ポイント:
- • キャラクター名は含めず、25ワード以下に収めるのが理想的
- • プロジェクト全体のビジョンと「コア体験」を定義する
ステップ2:一段落の要約(所要時間:1時間)
ログラインを、標準的な三幕構成に基づいた5文の段落に拡張します。
第一幕(設定)
物語の背景と主人公の日常を描写する
プロットポイント1
主人公が冒険に乗り出すきっかけとなる最初の大きな出来事
ミッドポイント
物語の中間点で、主人公の視点や状況が大きく転換する出来事
プロットポイント2
主人公が最大の挑戦に直面し、一度は敗北または絶望する出来事
第三幕(解決)
物語のクライマックスと結末
ステップ3:キャラクターの1ページ要約
主要なキャラクターそれぞれについて、以下の要素をまとめた1ページの要約を作成します。
名前
キャラクターの名前
動機(Motivation)
何が彼/彼女を突き動かすのか。内面的な欲求
目標(Goal)
具体的に何を達成したいのか。これはプレイヤーのゲーム内目標に直結する
葛藤(Conflict)
目標達成を阻む内的・外的な障害は何か。これはコアとなるゲームプレイの挑戦を定義する
悟り(Epiphany)
物語を通して何を学び、どのように変化するのか。これはキャラクターの成長、すなわちゲームの進行システム(スキルツリーやレベルアップ)の根拠となる
ステップ4:1ページのあらすじへの拡張
ステップ2で作成した5つの各文を、それぞれ独立した段落へと拡張します。これにより、物語全体が約1ページのあらすじとなります。
インガーマンソンの助言:
最後の段落を除き、各段落の終わりは「破滅的な出来事」や「後退」で締めくくり、物語の推進力を高めます。この段階で、ゲームの主要な「ビート」(物語上の重要な瞬間)が具体的に見え始めます。
ステップ5:キャラクター視点のあらすじ
主要キャラクターそれぞれの視点から、物語全体のあらすじ(約1ページ)を執筆します。
価値:
これは、複数のプレイアブルキャラクターが登場するゲーム(例:『Detroit: Become Human』)や、重要なNPCの動機を深く掘り下げる際に非常に価値があります。各キャラクターの独自の視点や知識、目標が明らかになり、サイドクエストやサブプロットのアイデアの源泉となります。
ステップ6:4ページのあらすじへの拡張
ステップ4で作成した1ページのあらすじを、さらに詳細な4ページ程度のトリートメント(物語の散文的な説明)へと拡張します。
重要性:
この段階では、論理的な飛躍や矛盾がより明確になるため、プロットの穴を埋める重要な作業となります。個々のシーンや、具体的なゲームプレイシーケンスのアイデアがここで具体化し始めます。
ステップ7:完全なキャラクターチャート
すべてのキャラクターについて、経歴、人間関係、価値観、身体的特徴など、考えうる限りの詳細を網羅した詳細なプロフィールを作成します。
ゲームデザインの観点から重要:
このステップで「潜在的なスキル」「弱点」「初期装備」「習得可能なアビリティ」といったゲーム的な要素を明記することが極めて重要です。
ステップ8:シーンリスト(スプレッドシート)
4ページのあらすじを、物語を構成するすべてのシーンに分解し、スプレッドシートにまとめます。
最低限含めるべき列:
- • シーン番号
- • 視点(POV)キャラクター
- • 場所
- • シーンの要約(何が起こるか)
- • (ゲーム用に追加)必要なアセット(キャラクター、背景、アイテムなど)
- • (ゲーム用に追加)アンロックされる情報やフラグ
ステップ9:シーンの要約(ナラティブトリートメント)
スプレッドシートの各行を、数段落からなる散文形式のシーン記述へと拡張します。
含まれる要素:
重要なセリフの断片、キャラクターの具体的な行動、感情の動き、シーンの雰囲気などが含まれます。これは、カットシーンの脚本家や、具体的な演出を考えるシネマティックデザイナーへのインプットとなります。
ステップ10:第一稿の執筆
小説執筆における最終稿に相当するこのステップは、ゲーム開発においては「完全なゲームシナリオ(脚本)の執筆」を意味します。
含まれる要素:
すべてのセリフ、ト書き(キャラクターの行動や表情の指示)、そしてプレイヤーの選択肢によって分岐するインタラクティブな部分の記述が含まれます。この段階に至るまでに、物語の構造、キャラクター、プロットはすでに強固に設計されているため、執筆者はより創造的な細部の描写に集中することができます。
表1:ゲームシナリオのためのスノーフレーク法適応ガイド
スノーフレーク法のステップ | 元の目的(小説執筆) | ゲームデザインへの適応目的と成果物 |
---|---|---|
ステップ1:一文の要約 | 物語の核となるコンセプトを定義する。 | プロジェクト全体のビジョンと「コア体験」を定義する。 成果物:ゲームのログライン。 |
ステップ2:一段落の要約 | 物語の三幕構成を確立し、全体的なプロットの流れを把握する。 | ゲームのマクロなペース配分と感情の起伏(テンションカーブ)を設計する。 成果物:三幕構成に基づく5文のあらすじ。 |
ステップ3:キャラクターの1ページ要約 | 主要キャラクターの内面的な変化と動機を理解する。 | プレイヤーの動機付けを定義し、キャラクター固有のメカニクスを考案する。 成果物:キャラクターシート(目標=プレイヤーの目的、葛藤=コアなゲームプレイの挑戦、悟り=成長・進行システム)。 |
ステップ4:1ページのあらすじ | 各幕の展開を具体化し、プロットの推進力を確保する。 | ゲームの主要な物語的ビート(重要なイベントや転換点)を特定する。 成果物:各幕が段落に拡張された1ページのシノプシス。 |
ステップ5:キャラクター視点のあらすじ | 複数の視点から物語を検証し、キャラクターの深みを増す。 | サブプロット、サイドクエスト、およびマルチプレイアブルキャラクターの物語的整合性を確保する。 成果物:各主要キャラクターの視点からのシノプシス。 |
ステップ6:4ページのあらすじ | 物語の論理的な流れを詳細に検証し、シーン間のつながりを強化する。 | 個々のゲームプレイシーケンスやレベルのコンセプトを具体化する。 成果物:詳細なプロットトリートメント(4ページ程度)。 |
ステップ7:完全なキャラクターチャート | キャラクターを完全に肉付けし、一貫性を確保する。 | キャラクターのゲーム内能力、スキル、弱点、装備などを定義する。 成果物:ゲームメカニクス情報を含む詳細なキャラクタープロフィール。 |
ステップ8:シーンリスト(スプレッドシート) | 執筆のロードマップとして、すべてのシーンを整理する。 | レベルデザイン、クエストデザイン、アセット制作の具体的なタスクリストを作成する。 成果物:シーン、場所、POV、要約、フラグ管理を含むスプレッドシート。 |
ステップ9:シーンの要約 | 各シーンの散文的な描写を作成し、雰囲気を固める。 | カットシーンの脚本や演出の基盤となるナラティブトリートメントを作成する。 成果物:各シーンの詳細な散文記述。 |
ステップ10:第一稿の執筆 | 小説の本文を完成させる。 | ゲーム内のすべてのセリフ、ト書き、分岐を含む完全なゲームシナリオ(脚本)を執筆する。 成果物:最終的なゲームシナリオ。 |
📚 第2章のまとめ
- • スノーフレーク法は内側から外側へと設計する反復的な拡張プロセス
- • アジャイル開発手法と類似した構造を持つ設計フレームワーク
- • 10のステップで段階的に詳細化し、ゲームデザイン特有の要件に対応
- • 各ステップで生成される成果物は開発チーム全体のコミュニケーションツールとして機能
- • 物語の構造的な整合性を保ちながら、キャラクターとプロットを有機的に発展させる